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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2187号 判決 1997年8月29日

原告

永田宏

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

中井洋恵

櫛田寛一

同復代理人弁護士

中嶋弘

被告

和光証券株式会社

右代表者代表取締役

杉下雅章

右訴訟代理人弁護士

中井康之

青海利之

木村保男

的場悠紀

川村俊雄

福田健次

大須賀欣一

湯川健司

主文

一  被告は、原告に対し、金一億二三七七万四四八〇円及びこれに対する平成三年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二億四五八九万八九六一円及びこれに対する平成三年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、証券会社である被告と株式の信用取引・現物取引、ワラント取引、投資信託取引等を行った際に、被告によって手数料稼ぎを目的とする過当取引に誘致されたなどとして、債務不履行又は不法行為に基づいて、右取引によって被った損害の賠償を求めた事案である。

一  基礎となる事実(証拠を付さない事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、大正一五年に出生し、大連商業学校を卒業後、予科練を経て、京都の地場証券業者で三か月ほど臨時雇(雑用係)をした後、昭和二四年から昭和五〇年まで警察官としてパトカー乗車勤務に従事し、警察官退職後は私企業の自動車運転手を務めていたが、昭和六二年に退職して以降無職である。

(二) 被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て、証券業を営む株式会社であり、原告との取引は被告池田支店において行われ、昭和六三年夏頃から平成三年二月までについては、同支店営業二課の課長である訴外井原博文(以下「井原」という。)が原告との取引を担当した。

また、被告の池田支店長は、平成元年から平成二年二月ころは、訴外前田雄亀(以下「前田」という。)であり、平成二年二月から平成三年ころは、同須賀田康晴(以下「須賀田」という。)であった。

井原、須賀田は、証券取引法に基づく登録外務員である(証人井原博文の証言(第一回、第二回。併せて以下「井原証言」という。)、同須賀田康晴の証言(以下「須賀田証言」という。)。

2  取引の経過等

(一) 原・被告間の昭和六三年七月ころまでの取引経過、原告の投資傾向等

原告は、被告(当時の商号・株式会社大井証券)に委託して、昭和三〇年頃から株式取引をしていた。

原告は、年平均三ないし五回の割合で、東京証券取引所(以下「東証」という。)一部上場の訴外松下電器産業株式会社(以下会社名は略称する場合がある。)、同三井物産株式会社、同東京海上火災保険株式会社など各業界の最大手と呼ばれる企業の株式を、主に一〇〇〇株ずつ購入して、これらを長期保有していた。それらの総数は、昭和六二年時点において、三四銘柄、時価九〇〇〇万円ないし一億円に上っていた。

原告は、その保有株式を日記帳に記載し、毎日の値動きを新聞で調べて時価を計算し、株式資産の現在高を確認することを楽しみにしていた。

(二) 昭和六三年七月ころから平成七年七月ころまでの経緯

(1) 原告は、昭和六三年、その妻である訴外亡永田よしえ(以下「よしえ」という。)が、その親戚である訴外川原藤一(以下「川原」という。)名義の口座を利用して、被告に対し継続的に株式取引を委託していたこと等を知り、右口座の株式及び転換社債が原告の給料及びよしえの収入によって購入されたことなどを理由に、右株式等を全部換金して、被告のよしえ名義の口座に移管した。

この結果、よしえ名義の口座の預り現金は、約九四〇〇万円余りとなり、原告は、そのうちの五〇〇〇万円によって被告から投資信託商品(ツインセレクト88―2)を購入した(乙第九、第一〇号証)。

(2) よしえは、昭和六三年九月二三日に死亡し、原告は、一人暮らしとなった。

(3) 原告は前記よしえ名義の株式等を全て売却して、その代金をよしえ名義の口座から原告名義の口座に移管した(乙第九、第一一号証)。

(4) 原告は、平成元年七月から同年一〇月までに、前記三四銘柄の株式のほぼ全てを売却した(乙第一一号証)。

(三) 平成元年七月から平成三年二月までの経緯(原・被告間のこの期間の株式売買の委託等の取引を総称して、以下「本件取引」という。)

(1) 原告は、井原の勧誘に基づいて、平成元年七月二六日以降、被告池田支店において株式の信用取引を行い、その詳細は、別紙1「第一表(信用取引一覧表。以下単に「第一表」という。後記の別紙記載の各表についても同様に表示する。)記載のとおりであり、その取引の総括は、第三表記載のとおりである。

また、原告は、被告に委託して、第二表記載のとおり、株式の現物取引、債券取引(転換社債取引、国債取引、ワラント取引)及び投資信託取引を行い、その取引の総括は、第四表記載のとおりである。

本件取引の累計損益の経過は、第五表記載のとおりである。

本件取引について平成二年六月末日まで区分した場合の損益状況は、第六表(平成二年六月末日で区分したもの)記載のとおりである。

平成元年ないし平成三年の被告池田支店における原告の委託手数料の合計は第七表記載のとおりである。

また、原告と被告は、平成元年五月二二日以降、第八表記載のとおり、ワラントの取引を行った。

(2) 原告は、平成二年九月に株式市況が悪化し、本件取引における損失が増加したことなどから、同年一〇月以降、被告との取引を減少させ、また、既に購入した株式や買建玉等を処分し、平成三年二月、被告との取引を終了させた。

この結果、原告が有する株式等は、池田銀行(法人名は略記する。以下同じ。)株一〇〇株、ソニー株五〇〇株のみとなった。ただし、被告京都支店には投資信託等が若干保有されていた。

(3) 井原が原告との本件取引において獲得した手数料は、平成元年七月ころから平成三年二月までの期間、井原の担当した個人顧客取引の手数料等のほぼ全額、担当分全体で見てもそのほとんどを占めていた。

二  原告の主張

1  本件経緯等

(一) 本件取引まで

(1) 原告は、昭和三〇年ころ以降、専ら被告を通じて株式取引を継続し、被告への信頼を深めていたが、被告から、よしえが川原名義で保有していた株式の売却及びその売却金のよしえ名義口座への移管等について協力を受けたことから、被告に対する信頼を一層深めた。

被告において原告を担当した者は、井原も含め、原告がいわゆる貯蓄型の投資により、東証一部上場の各業界最大手の銘柄株式を長期にわたって保有する意図を有していたことについて熟知していた。

(2) 原告は、よしえが原告の長期間にわたる看病の後死亡したため、肉体的・精神的に疲弊していたところ、井原から、よしえの死亡前後に、銀行のように利子を多く付けるからと証券取引への投資を勧誘された。

原告は、当時保有していた三四銘柄をより安定した少数の銘柄に限定して管理したいと考えていたことや、よしえの死亡を機に保有株式を全て売却したうえ一からやり直したいとも考えていた。

そこで、原告は、前記一2(二)(3)・(4)のとおり、よしえ名義の株式等を全て売却し、その代金を原告名義の口座にまとめ、また、前記三四銘柄の株式のほぼ全てを売却した。

そして、原告は、銀行預金と同等以上の金利を付けてもらう意図で、井原を通じて、被告に対し右売却代金を預託した。

(二) 本件取引の経緯

(1) 本件取引の開始

前田及び井原は、平成元年七月ころ、原告に対し、「小遣い銭稼ぎに信用取引をしてみませんか。」と勧誘した。

原告は、信用取引の経験が全くなく、また、前述のとおり、少数の安定優良銘柄株に絞って運用しようと考えていたし、老後の生活に十分な資産を有していたことから、あえて信用取引をして大きな利益を図る必要もなかった。

しかし、原告は、日常いろいろ世話になっている井原から熱心に勧誘されて断りきれず、また、小遣い稼ぎ、すなわち、預けてある資金を手堅く投資するとの勧めであったので、その程度であれば、信用してきた被告が原告に対し損をかけることはないだろうと考え、井原の主導のもとに信用取引をすることに応じた。

原告が、資金を二億円から三億円・四億円へと増加させる意向を有し、そのためには現物取引では限界があることから、信用取引を行うに至ったという事実はない。

(2) 原告と被告間の取引は、次のようなものであった。

イ 信用取引等の方法は、井原が一存で銘柄・価格・数量を決めて売買し、事後になって、被告池田支店の女性従業員を通じて原告に対し取引内容を連絡するというものであった。原告が井原の申出を断ったことは一度もなかった。

ロ 被告は原告に対し売買取引の報告書を送付してきたが、あまりに取引回数や金額が多いために、報告書が何枚にも及んだうえ、売りと買いの対応関係が不明であり、到底理解できるものではなかった。また、原告は、井原を信用していたので、報告書を点検することもなく、そのため、損益等取引の全容を理解できないままであった。

ハ 原告は、被告から、取引の実態を知らされていなかった。

原告が、株式等の取引状況を尋ねても、井原は、若干の損であるとの回答を繰り返すばかりであった。しかし、原告は、井原を信頼していたので、それ以上問い質さなかった。

ニ 原告は、被告池田支店で、井原らから求められて、取引明細書に署名押印したが、その書面については説明を受けておらず、また、報告書は平均約一一五センチメートルもの長さに及ぶものであって、原告にとって到底理解できるものでなかった。

ホ 被告は、原告と被告との取引態様が平成二年六月末日を境にして変化したというが、そのような事実はなく、その前後を通じて井原の一存による取引が継続された。

また、須賀田が、原告に対し、平成二年九月に、信用取引の決済を勧めたところ、原告がこれを拒否した事実はない。

(3) 原告は、平成二年九月ころ、株式市場が悪化したことから不安になり、同年一〇月四日、井原に対して正確な現在残高等を問い質したところ、井原から、現在残高が一億六〇〇〇万円である旨回答された。原告は、三億二〇〇〇万円が抵抗ライン(取引口座の資産が右金額よりも下になるような取引はしないということ)と考えていたので、呆然となった。

被告は、同月一四日、原告を有馬温泉に招待するなどして懐柔する一方、同月八日、取引明細書(乙第一三号証の6)に署名捺印させるとともに、同月九日、日本証券金融からの借入金を返済させた。

しかし、原告は、本件取引の内容等に疑問が残り、同月一〇日以降、既に購入した株式や信用取引の買建玉を処分し、本件取引を終了させたが、この過程でも多額の損失を被った。

2  本件取引の違法性

(一) 過当取引(本件取引全部について)

(1) およそ、証券会社及びその従業員は、顧客に対し、誠実かつ公正にその義務を遂行しなければならず(証券取引法四九条の二、誠実公正義務)、顧客の知識・経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならず(適合性原則遵守義務。同法五四条一項一号)、証券の取引を継続して委託されているのであるから、委託契約あるいは継続的取引関係に基づいて善管注意義務を負い(委託契約上の善管注意義務)、また、委託の本旨又は金額に照らし過当と認められる売買を行ってはならない(同法五〇条一項三・四号、一六一条、過当取引制限省令一項)。

過当取引(「チャーニング」)とは、当該投資者の投資知識・経験や投資意向あるいは資金の量と性格に適合しない、数量と頻度の高い証券取引をいい、証券会社又はその従業員が顧客に対しかかる取引を勧誘することは、それ自体が前記の誠実公正義務、適合性原則遵守義務、委託契約上の善管注意義務に違反することとなる。

このような「チャーニングの法理」は、アメリカ合衆国の一九三四年連邦証券取引法一〇条b項(一般的詐欺禁止規定)及び同条一五項c項(ブローカー・ディラーの詐欺禁止規定)に違反する証券取引に関して形成された判例法理であり、その認定要件は次のとおりとされるが、これは日本法の解釈においても妥当すべきものである。

① 当該取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資意欲あるいは資金の量と性格に照らして過当であること(過当性の要件)

② 証券会社等が一連の取引を主導していたこと(コントロール性あるいは口座支配性の要件)

③ 証券会社等が当該顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件あるいは故意・重過失要件)。

このうち③の要件は、①、②の要件が充足されれば当然に推定されるから、過当取引の認定の際に実質的に検討を要するのは①、②の要件である。

(2) 過当性の要件その一―取引の大量性・頻回性

本件取引は、次のとおり、大量かつ頻繁に行われている。

イ 対象銘柄・市場の多種多様性

取り引きした株式銘柄・市場は、わずか一年八か月間(二〇か月間)に、一四三銘柄(二一業種以上)・八市場に及び、投資信託、債券、ワラント証券にまで及ぶ各種の証券取引が行われている。

ロ 取引の大量・頻回性

右二〇か月間の売買金額は、総合計三一三億八二一八万円余り、売買回数は、七七六回(一年間に換算すると約五一七回)に上っている。

ハ 極めて短期間しか保有しない取引が圧倒的多数であること

全件数のうち、いわゆる日計(ひばか)商い(一日のうちに新規に建てた建玉を手仕舞いすることなど)が12.6パーセント、保有期間一〇日未満の取引が63.7パーセント、同三〇日未満の取引が85.1パーセントをそれぞれ占めている。

ニ 資金回転率

いわゆる資金回転率(資金が何回転したかを示す指標)は、別紙9「第九表(資金回転率計算表)」のとおり、年33.6回である。

資金回転率が年六回を越えた場合、そのような取引は冷静かつ合理的な投資判断に基づくものでなく、かえって、不合理な頻繁販売であるというべきであるが、それに照らしても、本件のそれは異常に高い。

ホ 高額・高率の手数料等

被告池田支店が右二〇か月間に原告との取引によって取得した手数料等は、第一〇表記載のとおり、約一億六五七一万円余りであり、それ自体高額であるばかりか、差引損失額の七四パーセント、原告の投資額の五八パーセントにも及び、原告の差引損失額のうち約四分の三が被告の手数料等の収入に転化したことになる。

(3) 過当性の要件その2―適合性

イ 本件取引は、次の特徴があり、およそ一般投資者に適合し得ない常軌を逸したものである。

a 短期間での「乗り換え売買」が頻繁に行われていること。

一般投資家は、通常、情報を収集したうえ、冷静かつ自主的な判断によって証券投資を行うが、前記(2)ハのような取引は、到底、右のような投資方法ということはできず、手数料を稼がせるだけの投資方法である。

b 出し入れ取引(同一銘柄の売り買いを繰り返すこと)が多いこと

出し入れ取引は、何らかの思惑や合理的な投資判断に基づいてなされるものではなく、単に、証券会社に手数料を稼がせる意味しか有しない。

第一一表(欄外の数字は漢数字で表記する。)二ないし六の三洋商会株、九ないし二五番の三洋化成株、一五ないし二一番のモスフード株、二四ないし四八番のナイガイ株、五〇ないし五五番のツムラ株、五四ないし五九番のケーヨー株、六九ないし七七番の千代田化工株、一〇三ないし一一一番の任天堂株の各取引は、いわゆる出し入れ取引である。

c 「利乗せ建株」(利益が生じた場合、信用取引の委託保証金に振り替えること)の拡大・「手数料の不抜け」(証券売買による利益が、取引手数料を控除するとゼロ又はマイナスである取引)・「大量推奨販売」(顧客に対し特定銘柄の株式を大量に推奨して購入させること)が見られること

いわゆる利乗せ建株は、信用取引を拡大するために、委託保証金・同代用有価証券が担保できる代金枠目一杯に建玉をすることにつながり、価格が予想と逆の方向に変動した場合、追加保証金を準備することが困難になったり、損失が拡大する等の危険性が増加するという不合理な取引方法である。

また、手数料の不抜けは、手数料幅を考慮せずに取引をしていることを示しており、これを繰り返すことは、単に、証券会社をして取引手数料を稼がせるだけの意味しかない。手数料の不抜けは、本件取引の随所に認められる。

大量推奨販売は、そのこと自体が顧客の自主的判断を阻害するものであるばかりか、相場操縦等を招来させるため、一般投資家にはふさわしくないものである。大量推奨販売は、前記(3)イbの各取引について認められる。そのうちナイガイ株、ケーヨー株は、もともと「薄商い」(売と買いが極端に少ないこと)の銘柄で値動きが激しく、このような株式を大量に買い付けるのは無謀というほかない。

d 仕手株(相場操作のプロというべきいわゆる「仕手筋」が一定の思惑をもって取引している結果、著しく投機性を帯びている株式)が含まれていること

仕手株は、仕手筋の投機的な介入により株価が作為的に操作されているものであり、このような介入により証券取引の公正さが破壊され、株価は非常に不安定になっている。仕手株を取得することは、通常の株式の取得に比して著しく危険であって、一般投資家に対しその購入を勧めることは、極めて危険かつ不合理である。本件取引には、東京日産販売株、三洋化成株、ナイガイ株など、仕手株が多数含まれている。

e 井原がその顧客から獲得した手数料等は、原告から支払われた高額・高率の手数料等のみであり、それが被告池田支店の手数料等収入の約一五パーセントを占めていること

ロ 本件取引は、到底、原告に適合しないものである。

原告は、従来、東証一部上場の優良企業の株式について現物取引した経験しかなく、その際も、投機的売買を避け、多数の業種に投資して危険を分散するとともに、安定的・長期的に株式を保有していた。

また、本件取引に際しても、約二億円の証券資産は近いうちに少数の安定優良銘柄に絞って運用しようと考え、また、原告は老後の生活を送るのに十分な資産を有しており、特に積極的に証券資産の増大を図るべき必要に迫られていたわけはなく、本件取引当時、約二億円の価値を有していた証券資産についても少数の安定優良銘柄に限定していく意向を有していた。

原告は、井原らから「小遣い稼ぎをしてみませんか。」と勧誘されたから、信用取引を行うに至ったにすぎず、本件取引は井原課長の独断で行われたものであって、原告の投資経験・意向と適合しないものである。

(4) コントロール性の要件

原告は、従前、信用取引の経験が皆無であり、現物取引よりも危険性が高いという程度の知識を有していたとしても、本件取引の大半を占める大量かつ頻回の信用取引を自発的ないし自主的な投資判断に基づいて実行することは到底不可能であった。そのうえ、本件取引には、多種類の市場・銘柄の証券を対象とし、短期乗換え、仕手株指向、薄商い銘柄の大量売買など、いわゆるプロの相場師かベテラン証券外務員顔負けの手法が採られており、このような取引は、井原自ら積極的に関与することによって初めて可能となるものであった。

井原は、本件取引における取引銘柄・単価・数量の選定や資金繰りを原告から任されており、本件取引は、実質的には一任売買というべきものであって、コントロール性の要件も充たされている。

(二) ワラント取引の違法性

(1) ワラントのうち、特に社債部分と新株引受権が分離され、その新株引受権部分のみが証券として流通するもの(いわゆる分離型)は、株価が新株引受権の行使価格を上回らないまま推移すると、権利行使の機会を逸して、失効・消滅し、いわば紙屑になる危険性を内包するものである。また、ワラントの価値は、理論的には新株引受権の行使価格と現実の株価との差額(パリティ)に基づいて決定されるが、実際には、いわゆるプレミアムが付加され、株式の値動きに関連して大きく変動するため、投資予測が困難なうえ、価格公示が不十分で、その形成過程も不透明なものである。ワラントは、平成元年ないし平成二年当時、商品としての周知性もなく、個人投資家はもちろん証券会社の営業社員も、その危険性・仕組み・内容を理解していなかった。

したがって、証券会社又はその従業員は、顧客にワラント取引を勧誘する際には、その仕組み・危険性等を十分に説明する義務があるのみならず(説明義務。証券取引法四六条、公正慣習規則第四号等)、顧客の知識・経験・財産の状況に照らして適合した勧誘をしなければならない(適合性遵守義務、証券取引法五四条の一第一項一号)。

(2) 原告は、ワラントに関する知識・経験を全く有していなかったうえ、安定的な貯蓄を目的として投資を行おうという意向であったから、ワラント取引に適合しなかった。

ところが、井原は、原告に対し、ワラント取引の勧誘を行う際、その特徴や危険性等に関する具体的な説明を怠っただけでなく、かえって、「ワラント債」と誤解を招く表示をする等して、原告をワラント取引に誘致したのであって、このような勧誘は、前記説明義務及び適合性原則遵守義務に違反するものである。

3  被告の責任

(一) 債務不履行責任

被告は、原告に対し、本件取引に際して、過当取引に誘致せず、また、ワラント取引を勧誘する場合の説明義務及び適合性原則遵守義務を負っていたのに、被告の履行補助者である井原は、これらの義務を懈怠し、原告を過当取引等に誘致したから、債務不履行に基づき(民法四一五条)、原告が被った損害を賠償すべき責任を負っている。

(二) 不法行為責任

井原は、原告を過当取引に誘致し、ワラント取引を勧誘する際の説明義務及び適合性原則遵守義務に違反したから、民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償すべき責任を負っている。

被告は、井原の使用者であり、右不法行為は被告の事業の執行についてなされたものであるから、原告に対し、民法七一五条に基づいて、その損害を賠償すべき責任を負っている。

4  損害

合計二億四五八九万八九六一円

(一) 本件取引における実損額

二億二三五四万八九六一円

別表5「第五表」「合計欄」参照(同8「第八表」末尾のワラント取引に基づく損害二一七二万五六一二円を含む。)

(二) 弁護士費用 二二三五万円

5  よって、原告は、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、二億四五八九万八九六一円及びこれに対する不法行為の後の日(本件取引の終期は平成三年二月二五日である。)である同年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  本件経緯等

(一) 平成元年七月から平成二年六月までの状況

(1) 原告は、昭和六三年七月から平成元年七月までの間、自己の資産及びよしえが残した資産の管理・運用等に最大の関心を寄せ、とりわけ自己の保有する株式の時価や株式市況の動向には関心が強く、平成元年七月ころも、自己の資産残高に専ら関心を寄せ、資産の増加を望んでいた。

井原は、原告の意向に沿って、株式の売却代金で、現金残高として把握できる投資信託商品、転換社債、割引国債等を購入したうえ、さらに、原告の希望する資産増加のために、信用取引を勧めた。

井原が、原告に対し、小遣い稼ぎのために信用取引を始めるよう勧誘したというような事実はない。

(2) 井原は、原告の希望に沿って、自ら良いと思う銘柄の取引を勧め、本件取引のうち七・八割程度については個別に原告の承諾を得、その余は原告の承諾を事前に包括的に得たうえで、時機を見計らって、個別の売買を実行していた。

井原は、原告に対し、毎朝、売買の銘柄を電話で連絡していたが、原告は、特にこれを拒絶したことはなく、その銘柄の売買を承諾し、また、井原に対し、売買の時期・数量・価格等の判断を事実上任せることがあった。さらに、原告は井原に対し、信用取引は利益が出れば利食いする、評価損が出ている株式は早めに処分して次の銘柄を探す、株式取引は強気で行う、株価が下がったときは買うのがよいなどと述べ、いわゆる積極的な取引を求めていた。

原告は、日本合同ファイナンス株などについて、仕手株であることを承知のうえ、取引した。

井原は原告に対し、損益状況を報告し、また、原告自身も、建玉の株価の変動について、井原から電話連絡を受け、あるいは日本経済新聞によって調べるなどして自ら把握しており、信用取引の損益状況を確認していた。

(3) 須賀田支店長は、平成二年五月二八日ころ、割烹「こがね」において、井原を同席させたうえ、原告に対し、原告の場合、資産があるのだから無理に信用取引をする必要がないこと、信用取引は金利や期日の問題があり、現物取引に比べ危険性が大きいこと、売買回数が非常に多くなっていることを説明のうえ、信用取引を縮小し、現物取引を主体とすべきこと、信用取引を行うとしても小遣い稼ぎ程度にとどめるべきことを述べた。

ところが、原告は、資産を増加させるために信用取引を行う、危険性は認識しているなどと述べ、それまでの井原を通じての取引が原告の真意に基づくもので、原告の意向に沿うものである旨述べた。

こうして、須賀田は、原告が過去の取引の内容について把握していること、井原を担当者として信用取引と現物取引を従前と同様に継続するよう希望していることを確認した。

原告は、平成元年七月から平成二年六月末日までの本件取引によって通算して一六四一万四二五三円の利益(第五表参照)を挙げており、同年六月二九日現在の被告における原告の預り資産は、第一二表記載のとおりであり、実勢価格で三億円余りであった。

(二) 平成二年七月から平成三年三月までの状況

(1) 須賀田は、井原に対し、平成二年六月二九日、個々の取引に関し事前に原告の意思を確認するよう求めると共に、短期損切り売買を禁じた。原告の株式取引による損益(投資信託・債券関係を除く。)は、約七〇〇万円のプラスであった。

井原は、同年七月以降、個々の取引の実行に関し、事前に原告の具体的な承諾を得るようになり、短期損切り売買を慎み、勧誘を控えるようになったが、原告は積極的な取引、前向き・強気のアドバイスを求める姿勢を変えなかった。

これに対し、井原は、現物取引を中心に銘柄を選んで取引を継続し、この結果、原告の同年七月以降の取引回数、取引量は、別表6「第六表」記載のとおり激減した。

(2) 株式市況は、平成二年八月、イラクのクウェート侵攻により悪化し、井原は、原告に対し、信用取引の建玉の決済、現物株の売却を勧めたが、原告は、強気の姿勢を崩さなかった。

原告は、その際、その保有株式や信用取引において買い建てた株式の時価が下がり、評価損が増加していることを正確に認識していた。

(3) 須賀田は、同年九月一八日ころ、原告に対し、本件取引の内容を確認してもらうと共に、信用取引を決済するよう勧められたが、原告は、右決済を拒否した。

しかし、同年一〇月ころ、株価はさらに暴落し、この結果、原告は、順次、信用取引を手仕舞うようになり、平成三年二月に本件取引を終了した。

2  違法性について

(一) 過当取引の要件について

過当取引の有無を判断するには、①取引の過当性、②コントロール性といった客観的な要件のみを検討すれば足りるわけではない。

すなわち、もし、右二つ要件を満たせば過当取引として違法となり、証券会社が顧客に対して損害賠償の責任を負うことになるとすると、証券会社が顧客の意向に従って、その利益を図るために行った全ての取引についてまで、損害賠償の名目により、事実上、常にその損失を補填しなければならなくなり、これは、証券取引による損益が顧客に帰属すべきものとされている自己責任の原則に抵触する結果となる。

したがって、過当取引は、前記二要件に加え、悪意性の要件、すなわち、証券会社又はその従業員が、当該取引の当時、顧客の意向及び利益を無視して証券会社等を利益を得る目的で行動していたことという要件をも充たしていることが必要というべきである。

(二) 平成二年六月末日を境とする本件取引の態様の変化

過当取引の要件である投資者の主観的要素(投資知識・経験・投資意向など)、コントロール性の有無、担当者の主観等は、時期によって異なるものであるから、一連の取引であっても、一定の時期を境にこのような要素に大きな変更が認められる場合には、その時期で区分して、それぞれの時期について過当取引か否か検討するのが妥当である。

すなわち、証券会社が顧客に対し、取引が過大である旨警告して顧客の注意を喚起したり、取引方法を変更するよう助言したりしたのに、顧客が従前と同様の取引を継続するよう希望したり、また、一任的な取引が中止されるなど取引方法が変更された場合には、このような事情の生じた前後で時期を区分し、各時期について過当取引か否か検討すべきである。

本件取引では、平成二年六月末日を境にその態様が全く変化しているから、右日時を基準として、その前後の各時期について別個に過当取引か否かを検討すべきである。

(三) 平成元年七月から平成二年六月末日までの取引

(1) 過当性の要件―原告の適合性について

原告の属性・投資意向等は、次のとおりであり、これらの照らすと、本件取引は、原告に適合しなかったとはいえず、過当性の要件を欠いている。

イ 原告は、よしえから相続した不動産を所有してその賃料収入を得ており、また、退職公務員に対する年金等を受給していたから、当面、老後の生活費には事欠かず、本件取引において投資資金とされたa よしえ名義の口座から取得した現金等(約九四〇〇万円)、b 三四銘柄の株式売却代金(約八〇〇〇万円)及びc 銀行預金・被告池田支店以外の預り資金(約一億円)はいわば余剰資金であった。

ロ 原告は、証券取引によってその資産を増加させることを望んで、信用取引を開始し、これを継続・拡大して積極的に取引を行う意向出会った。

ハ 原告は、井原に対し、仕手性の株式をも積極的に紹介するよう求めた。

(2) コントロール性の要件について

本件取引は、右の各事情に照らすと、井原の主導のもとで行われたといえず、コントロール性の要件を欠いている。

イ 原告は、井原に対し、取引を事実上一任していたが、井原は、取引の七、八割程度については事前に原告から意思を確認していたし、二、三割程度についても事前に包括的な承諾を得ていた。また、井原は、原告から緊急時に信用取引を決済することを委ねられていた。

こうして、井原は、原告の意向に沿って本件取引を遂行した。

ロ 原告は、その保有株式の時価に関心を持ち、井原からその集計を聞き、自ら新聞記事をもとに株価を調査し、井原や営業補助の被告の女性従業員から信用取引の建玉や現物株の評価損益・実現損益について電話連絡を受けて、これを記録化し、また、被告から取引一覧表に基づいて説明を受けるなどして、本件取引の推移や資産状況等を自ら把握していた。

(3) 悪意性の要件について

井原は、原告の意向に基づいて信用取引を開始・継続したのであり、その際、手数料稼ぎの意図を有していなかったから、悪意性の要件を欠いている。

(4) 以上によれば、平成元年七月から平成二年六月末日までの本件取引は、前記過当取引の要件をいずれも具備しておらず、違法ではない。

(四) 平成二年七月から平成三年二月までの取引

(1) 過当性の要件―取引の大量性・頻回性について

本件取引は、平成二年六月末日以降、原告からの注文回数・取引金額は激減したうえ(第六表参照)、同年七月一日以降に買い付けられた証券の保有期間は、現物取引において平均66.49日、信用取引において平均46.74日、全体で平均57.77日となり、いわゆる短期売買も一切行われなくなった。

したがって、平成二年七月一日以降の各取引は、取引の大量性・頻回性の要件を欠いている。

(2) コントロール性・悪意の要件について

井原は、信用取引を縮小し、短期売買を控え、原告に対し、事前に注文内容を確認してから各取引を実行した。

原告は、当時の株式相場の悪化や評価損益などについて十分に認識していながら、かつ、井原や須賀田から、信用取引の縮小を勧められたにもかかわらず、なお強気の姿勢を崩さず、平成二年一〇月ころになってようやく手仕舞し、被告池田支店との取引を縮小するようになった。

したがって、同年七月一日以降の各取引は、原告自身の意向に沿ってなされているから、コントロール性の要件を欠いているし、井原が原告の意向や利益を無視して被告等の利益を得る目的で行動していたのでもないから、悪意性の要件をも欠いている。

(3) 以上のとおり、平成二年七月一日以降の本件取引は、過当取引の要件のいずれにも該当しておらず、違法ではない。

(五) ワラント取引の違法性について

原告は、井原に対し、平成元年七月以降の取引において、大きく値上りし、短期間で差益が獲得できる証券の銘柄を選定するように求めていたが、個々の商品の性格を自ら把握したうえで投資の可否を判断しようとする姿勢はなく、また、商品に関する説明を求めてもいなかった。

ワラントは、株式よりも価格変動リスクが大きく、権利行使の期限を経過すると無価値になるという属性を有しているものの、株式以上に大きな利益を得ることが可能な商品であり、右のような原告の意向及び取引態様からすれば、ワラント取引の危険性を原告に説明すべき義務はなく、井原が右危険性を原告に対して説明することなくワラント取引を勧誘したことは、原告の意向に適合したものであって、違法ではない。

3  損害について

(一) 平成元年七月から平成二年六月末日までの分

本件取引のうち平成元年七月から平成二年六月までの分が仮に違法であったとしても、これによって原告が被った損害は、次のとおりである。

(1) 平成二年六月末日までに確定した実現損である一六四一万四二五三円(第五表参照)。

(2) 原告が同日現在、保有していた現物株式及び信用取引の建玉について、その後の決済によって確定した損失である二六一七万四三一三円(現物取引の損失・一六九三万七九二八円、信用取引の損失・九二三万六三八五円)。

ただし、右の全部が本件取引と相当因果関係があると認められるわけではない。

(二) 平成二年七月一日から平成三年二月までの分

(1) 本件取引は、平成二年六月末日を境にその態様が著しく変化しており、同月以降に発生した損失を、それ以前の時期における過当取引によって、生じた損害をすることはできない。

また、株式市況は、同年八月以降、イラクのクウェート侵攻により悪化したが、証券投資家はこれによって等しく大幅な損失を被っているのであって、右悪化による損失まで過当取引によって生じた損害とするのは妥当でないし、原告は、株式市場の悪化などについて認識していながら、須賀田から勧められても、信用取引による建玉の手仕舞いをしなかったのであるから、これによって被った損失は、過当取引による損害と区別すべきである。

(2) 原告は、同年七月一日から同年八月三日までに買い建てた信用取引について、クウェート侵攻に起因する株価の暴落後である同年九月以降に決済したが、これによって原告が被った損失は、第一三表(信用取引損益一覧表―平成二年七月一日から同年八月三日までに買い建てたものについて)記載のとおり、合計七二一二万七四四八円である。

(3) 原告は、同年七月以降に買い付けた現物株式の殆どを短期決済せず、相当期間保有したうえ売却しており、これによって被った損失は過当取引によってではなく、単に株式市況の悪化によって生じたものにすぎない。

原告が平成二年七月以降に購入した株式で、一か月以上保有したうえ売却した取引によって被った損失は、第一四表(現物取引一覧表―平成二年七月以降購入株式について)」記載のとおり、合計八〇九一万七〇二四円である。

(4) したがって、原告が平成二年七月以降に本件取引によって被った損失合計二億二三五四万八九六一円のうち、右(2)、(3)の合計一億五三〇四万四四七二円を控除した金額である七〇五〇万四四八九円が過当取引よって被った損害というべきである。

4  過失相殺

仮に本件取引の全部又は一部が違法であったとしても、本件取引の経緯、原告の属性及び本件取引に対する意向、須賀田らから取引意思を確認された際も取引の継続を求めたこと、損害の発生は、専ら平成二年七月以降の各取引に起因しており、本件取引が開始された平成元年七月から一年以上が経過していることなどに照らすと、被告が賠償すべき損害額の算定に際しては、相当割合の過失相殺をすべきである。

四  主たる争点

1  本件取引が違法とされる過当取引であったか。

2  ワラント取引における説明義務及び適合性原則遵守義務についての各違反の有無

3  原告が被った損害額および過失相殺

第三  争点に対する判断

一  本件経緯等

前記基礎となる事実に加え、甲B第一〇号証の2ないし5、第一五号証のないし3、乙第二号証の1・2、第三ないし第一二号証、第一三号証の1ないし6、、第二一ないし第二七号証、第二八号証の1ないし3、第二九号証の1・2、第三〇号証の1ないし9、第三一号証、第三二号証の1ないし4、第三四号証の1ないし4、井原証言(ただし後記採用できない部分を除く。)、須賀田証言、原告本人尋問の結果(第一回、第二回。併せて以下「原告供述」という。ただし後記採用できない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  昭和六三年七月ころまでの状況

原告及びよしえは、子供ができなかったこともあって、結婚後の楽しみとは、その収入を貯蓄することであり、貯蓄は二人にとっていわば「子供」の代わりのようなものであった。

原告は、昭和三〇年ころから被告と継続して株式取引を行い、その間、訴外日興証券株式会社とも株式取引をしたことがあるが、短期的なものにとどまった。

そして、原告は、一定金額の貯蓄ができたら株を買い、保有株式の状況を日記につけ、日本経済新聞(以下「日経新聞」という。)や産業経済新聞の株式欄等によって株式の値動きを調べて時価を計算し、日々の現在高を確認することを楽しみにしていた。また、原告は、職場の同僚らに株式取引をする者が多かったことから、これらの人と株式投資方針や銘柄等について話したり、短波放送を聞いたりなどして、株式市況や自己保有株式の株価の変動を把握し、被告担当者からの情報や助言なども参考にしながら、自ら投資する銘柄や数量・単価を決めて株式取引をしていた。

原告は、主に、東証一部上場の松下電器産業や三井物産等、各業界最大手の企業の株式を購入したが、このほか、筒中プラスチックなどのような小資本ではあるが、原告が有望であると認識した企業の株式も購入した。株式の購入は、主に一〇〇〇株ずつ、平均年三ないし五回程度で行い、購入した株式は長期間保有していた。

原告は、昭和六二年当時、被告池田支店において、三四銘柄・時価九〇〇〇万ないし一億円の株式を保有していた。

2  昭和六三年七月ころから平成元年七月ころまでの状況

(一) よしえは、昭和六一年ころから、胃がんで豊中市民病院に入院していたが、原告は、昭和六三年七月、よしえが被告及び川原名義の取引口座によって株式取引を継続していることを知った。

原告は、被告池田支店に照会したり、よしえの見舞いに訪れた井原や被告の従業員である訴外松尾俊則(以下「松尾」という。)の面前でよしえに問い質すなどして、右株式が原告の給料とよしえの収入で購入されたものであることを知った。

原告は、井原らに指示して、同年八月四日ころ、右株式を全部換金させ(売却代金約八六〇〇万円)、同月九日、川原名義の口座からそれを出金させて(出金額・八六三八万一五二六円)、豊中市民病院のよしえの病室まで現金で持参させ、さらに、これをよしえ名義の口座に移管させた(入金日・同月一〇日、入金額・八七三九万一四四〇円)。また、同月一五日ないし一七日に、端株の売却代金をよしえの右口座に入金させ、同口座の預り現金は、九四〇〇万円余りとなった。

原告は、井原から、よしえが亡くなれば右取引口座はしばらく動かせなくなるし、現金のままだと利息等はつかないから、さしあたって投資信託商品を購入するように勧められ、同年九月二〇日、右九四〇〇万円のうち五〇〇〇万円で被告の投資信託商品(ツインセレクト―2・債券型)を購入した。

(二) 昭和六三年九月二三日よしえが死亡した。原告は、一人暮らしとなったが、同月二六日、日経新聞の購読を申し込み、その後、それを読むのを楽しみにするようになった。原告は、その保有株式資産の時価総額を計算したり、株価の動向に注目したりしながら、被告池田支店に週に二・三回の割合で訪れ、井原や松尾と株式市況や、よしえの資産ないしその相続について雑談した。また、原告は、従前の担当者で、当時は被告京都支店営業課長であった阿部某(以下「阿部」という。)と連絡を取ったり、被告池田支店において開催された証券セミナー、説明会等に参加していた。

原告は、同年一二月初め、川原の居住する富山県高岡市まで赴き、川原に対し、前記川原名義の株式について調査する一方、株価が高騰したので、同月九日、一二日に端株をそれぞれ売却した。

原告は、平成元年二月一六日、よしえ名義の口座から原告名義の口座に、二六〇〇万円を移し、さらに同月二一日、一八四九万〇〇五二円を同様に移したうえ、株式投資信託や中期国債ファンドを購入し、さらに同年三月一四日ころ、よしえ名義の前記投資信託商品等を全て売却するとともに、よしえ名義の口座から原告名義の口座に、右売得金等五二八六万一六二九円を移した。

(三) 原告は、井原に対し、相続税の申告が終了した平成元年春ころから、「松下電器産業やトヨタ自動車の株式は過去の銘柄である。資産を、二億円から、三億円・四億円と増やす方法がないか。」等と相談するようになり、これに対して、井原は、現物取引による資産運用では限界があるとして、信用取引やワラントの購入を勧めた。

すなわち、井原は、原告に対し、同年三月ころから同年七月ころにかけて、投資信託(ニューシステムバランス など)を勧め、原告にこれを購入させる一方、同年五月二八日ころ、オンワード樫山のワラントの購入を勧め、原告から「外国証券取引約定書」(乙第四号証)及び「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」と題する書面(乙第五号証)を徴求したうえ、第一一表の「オンワード樫山」欄記載のとおり、原告に右ワラントを買い付けさせた。

原告は、当時、ワラント取引をした経験はなく、その仕組み等についても十分な知識等を有しておらず、また、井原自身も、その仕組み等を十分に理解していなかったため、原告に対し、右ワラントをワラント債であると言ったのみで、その仕組みや危険性等一切説明しなかった。

原告は、井原に対し、同年七月初めころ、現在保有している株式を売却して、新たな銘柄に投資したいと述べ、同年一〇月までに、当時保有していた三四銘柄の株式のほぼ全部を順次売却した。

また、原告は、同年秋ころ、自宅を約八〇〇万円で売却し、同年一二月初めころ、現住所であるマンションに転居したが、その際、右売買代金をも、一旦銀行の預金口座に入金した後、被告方の口座に入金した。

なお、原告は、安定した少数の株式に絞って株式投資をしたいと考え、株式投資で大きな利益を図る意思はなかったが、井原から、小遣い銭稼ぎに信用取引をしないかと勧誘され、断りきれずに、銀行預金と同様に利子を獲得するつもりで信用取引を始めるに至った旨供述する(原告供述)。

しかし、少数の優良株に絞って株式投資をするつもりだったのなら、当時保有していた株式の大部分を売却する必要はなかったうえ、右売却後、実際にそのような株式を購入していないことや、原告の株式投資歴や原告がもともと株式投資に対して非常に強く執着していたことを考慮すると、前記原告供述は採用することはできず、むしろ、原告は、信用取引よって従来以上に資産を増加させようとの意図のもとに、その準備として右のような操作を行ったものと認めるのが相当である。

そして、原告は、信用取引が、長年行ってきた現物取引とは異なったものであることは理解しており、ただ、その危険性について現実的なものとは捉えていなかったものと認められる。

3  平成元年七月ころ(本件取引の開始)から平成二年六月ころまでの状況

(一) 原告は、平成元年七月ころ、よしえ名義の口座から取得した現金(約九四〇〇万円)、三四銘柄の売却代金(約八〇〇〇万円)等合計三億円以上の株式資産や銀行預金等を有するほか、よしえから相続した不動産を保有し、その賃料収入を得ており、さらに年金を受給していたので、今後の生活費には全く事欠かなかった。

(二) 原告は、井原から勧められて、平成元年七月二五日、株式の信用取引を開始し、井原と相談しながら、まず、三陽商会(既製服のメーカー)株の買建てをすべく、「指値」で注文したところ、その価額では買付けできず、その後に指値を変更して、取引が成立した。

井原は、右株価がその日の内に若干上昇したのを受けて、原告に対し、利食い(相場で利益勘定になった場合に、転売・買戻しによって利益の実現を図ること)のため売却することを勧め、原告もこれに納得して売却に応じた。

(三) 本件取引のその後の状況

(1) 購入する株式銘柄等

原告は、井原に対し、保有株の銘柄を成長株に変更していきたい、良い銘柄を教えて欲しい等と述べ、井原に取引対象となる株式等の銘柄、売買の価額、数量、時期等の選択を委ねた。

これを受けて、井原は、成長業種、新しい業種、業績の割に株価の低いもの、市場で注目されている銘柄(仕手株を含む。)等の銘柄を選択し、さらに、それらについて行うべき信用取引・現物取引の別、価額、数量等をも自ら判断したうえで、原告に対し取引を勧め、原告は、井原の勧誘に従って取引に応じていた。投資信託商品やワラントなどの取引についても同様であった。

東京日産自動車株、三洋化成工業株、ナイガイ株は、原告がこれらを買い建てた当時、仕手株のうわさのある株式であったが、井原は、そのうわさを知りながら、原告に対してはこれを説明せず、会社所有不動産の含み資産が大きいとか、業績の割に安価である等と説明して推奨し、原告に買い建てさせた。

原告は、度々、信用取引で買い付けた銘柄は、利益が出ればすぐ利益を取る方式で行いたいなどと述べ、井原から建玉等の処分を勧められるとそのとおり処分した。

(2) 取引の成立過程等

井原は、原告に対し、朝、電話によって、取引する株式銘柄等を告げ、取引を勧誘したこともあったが、原告の方から電話をかけたり、原告が被告池田支店に来店した際に、井原の勧誘に応じたこともあった。

また、井原は、原告に連絡しないまま株式等を購入したり、建玉を処分し、事後に、被告池田支店の営業補助の女子従業員を通じて原告に取引内容を報告するということも多数行われたが、原告は、これに対して苦情を述べたことはなかった。

なお、株式、投資信託商品等の売買が成立すると、前記女性従業員が原告にその結果を電話で報告し、原告の不在の際には、その留守番電話に右連絡事項を吹き込んでいた。同時に、被告から原告に対し、売買報告書が送付されている。

原告は、右電話内容を日記に記帳するなどし、また、売買報告書は全部机の上に積んで整理していた。しかし、取引回数や金額が極めて多いために、報告書が何枚にも及ぶことがあり、報告書を見ても売りと買いとの対応関係が分からず、その点について井原から説明を受けたこともなかった。

(3) 被告池田支店での原告の言動等

原告は現物株の売買の際の預り証の授受や、信用取引の委託証拠金の交付のために、あるいは、単に雑談をするために、平成二年一〇月ころまで平均週二、三回、被告池田支店に来店した。

井原は、被告池田支店において、原告と、株式市況、原告の保有株式や信用建ての株式の株価の動向・見通しなどを話した。原告は、株式は強気でなければならない、見込みが違っていたらすぐに売却する、信用取引については緩急が必要だなどと述べていた。被告池田支店では、井原が不在のときは、右支店のフロントや受付の女性従業員らが原告を応接した。

また、原告は、被告池田支店で開催される株式講演会や税務セミナーにはほとんど出席していた。

(四) 原告は、井原から、平成元年八月四日から同月一四日ころにかけて買い建てた東京日産自動車株四万八〇〇〇株のうち三万五〇〇〇株を現引(買方に転売しないで現物を引きとること)すること、及び訴外日本証券金融株式会社(以下「日証金」という。)からその資金を借りるように勧められ、日証金から六八〇〇万円を借り入れ、右株式三万五〇〇〇株を現引きした。

(五) 本件取引による損益累計は、平成元年七月末には約二三五万円の利益を計上したものの、同年八月末には約一〇四三万円の損失が生じていた。

被告本店営業考査課は、同年九月一一日、被告池田支店に対し、原告の同年八月分の取引について、短期損金決済数や約定回数が多いことから、原告口座の取引に対する注意を促すとともに、原告に対して取引意思を確認するよう求めた。

井原は、原告に対し、同月二八日ころ、本店から注意されたことは告げないまま、コンピューターからプリントアウトした「顧客別問合せ」と題する書面(同年八月一日から同年九月二八日までの取引状況、預り証券明細、同日ころ現在の建玉明細。乙第一三号証の1)を示して署名押印を求め、原告は、右書面にその内容が間違いない旨記載し署名押印した。

なお、「顧客確認報告書(一月分)」と題する書面(乙第三四号証の1)には、同年九月二〇日、原告に損益状況等を確認した旨記載されているが、同日、本件取引の損益状況を確認したことを示す客観的証拠が一切なく、原告供述に照らして右記載は採用できず、右事実を認めることはできない。

(六) 日経平均株価は、平成元年七月から同年一二月にかけて上昇し、同月九日に史上最高値を付けるに至った。

しかし、原告の本件取引の損益累計は、同年九月末・約二六六六万円の損失、同年一〇月末日・約二八五五万円の損失、同年一一月末日・約五八三九万円の損失、同年一二月末日、約八四五五万円の損失となり、損失が増加していった。

ところが、井原は原告から本件取引全体の損益状況を尋ねられても、少しの損失があると述べたのみであった。

もっとも、井原は、原告に対し、およそ一週間に一度は、原告は被告池田支店を来訪した際に、店頭のコンピューター端末からプリントアウトした当月分の取引明細、現金残、信用取引の建玉残・評価損益状況が記載された明細書を提示ないし交付しており、右明細書は乙第一三号証の1のような体裁のものであった旨証言するが(井原証言)、原告が、当時、井原から本件取引による損失を正確に聞かされていたものと認めるべき的確な客観的な証拠はなく、原告供述に照らして右証言は直ちに採用することはできない。

(七) 原告は、井原から勧められるまま、平成元年一〇月二〇日ころから同年一二月末にかけて、いわゆる店頭銘柄である日本合同ファイナンス株を購入し、さらに、平成二年二月にかけて、これを売却し、合計一億円以上の利益を取得することができた。

また、原告は井原から勧められて、平成元年一一月一五日ころ、アサヒビールワラント、平成二年一月二八日ころ、トヨタワラントをそれぞれ購入した。井原は、その際にも、ワラントについて説明しなかった。

本件取引は、前記合同ファイナンス株やケーヨー株等の売買利益によって、同年一月末に損失累計が約一五九三万円に減り、さらに同年二月末には累計損益が約一二三二万円の利益を計上するに至った。

他方、被告本店営業考査課は、被告池田支店に対し、同年二月二〇日、原告の同年一月分の取引について、信用取引回数、短期損金決済回数がいずれも多く、損金決済割合が大きいことから、原告口座での取引について注意を促すと共に、原告の取引意思を確認するよう求めた。

井原は同年三月一日ころ、原告に対し、「顧客別問合せ」と題する書面(同年一月から同年三月一日までの取引状況、預り証券明細、同日ころ現在の建玉明細。乙第一三号証の2)を示して署名押印を求め、原告は、右書面に内容が間違いない旨記載し署名押印した。

被告池田支店が右営業考査課に提出した「顧客確認報告書(一月分)」と題する書面(乙第三四号証の2)の「確認状況欄」は、須賀田の着任以前に既に記載されていたが、井原は、右作成日を「顧客別問合せ」の確認日と符合させるため、原告に対し、右確認日を同年二月二八日と記載するよう求め、原告は応じた。

(八) 須賀田は、平成二年二月末ころ、被告池田支店長に着任した。

須賀田は、同年三月一五日ころ、原告は右支店に来店しているのを見て、他の課の課長に対し、原告の取引意思の確認をするように命じた。

右課長は、原告に対し、「顧客別問合せ」と題する書面(同年一月から同年三月一五日までの取引状況、預り証券明細、同日ころ現在の建玉明細。乙第一三号証の3)を示して署名押印を求め、原告は、右書面に内容が間違いない旨記載のうえ署名押印した。

なお、原告は、同年三月二三日、日証金に対し、五〇〇万円を返済した。

また、原告は、井原から、満期が到来した定期預金を被告池田支店における原告の取引口座に入金するように勧められ、同年五月七日に三七〇〇万円、同月一四日に一〇〇〇万円、同月一五日に二〇〇万円、同月二五日に二〇〇〇万円、同年六月六日に二七〇〇万円の合計九六〇〇万円を右口座に入金した。

さらに、原告は、井原から勧められて、同年四月二日ころ、日本火災海上ワラントを購入したが、この際もワラントについての説明はなかった。原告は、その際、井原の求めに応じて、「国内新株引受権証券および外国新株引受証券の取引に関する確認書」と題する書面(乙第六号証)に署名押印した。

(九)(1) 被告本店営業考査課は、被告池田支店に対し、平成二年五月一六日、原告の同年四月分の取引について、信用取引の担保不足回数、売買回数、短期損金決済回数がいずれも多く、株式手数料の対株式営業資産率が高いことから、原告口座の取引に対する注意を促すと共に、原告に対し取引意思を確認するよう求めた。

(2) 須賀田は、原告が被告池田支店の大口個人顧客であったことから、着任の挨拶を兼ねてその取引意思を確認するために酒宴を設け、井原とともに、同年五月二八日、被告池田支店付近にある割烹「こがね」で原告と会い、原告に対し、信用取引は極力縮小して小遣い稼ぎ程度のものとし、現物取引を中心に取引するよう勧めた。

ところが、原告は、現在三億円程度の資金を有しているから、これを四億円にするのが目標であること、四億円になれば、井原および被告京都支店の阿部にそれぞれ二億円づつ委ねて両者で競争させたい、信用取引は心配しないでもよい、須賀田は支店長かもしれないけれども少し気が弱い、井原は超一流だなどと述べ、よいと思った銘柄は積極的に勧めてもらい購入した銘柄でも見込みが違っていたならば、すぐに売るようにして、益は確実に中に入れ、損は早く売ってしまうのが信用取引の極意である等と述べて、須賀田の勧めを一蹴した。

原告は、須賀田から、日本合同ファイナンスの株式について言及されると、あれはホームランであった、今後もああいうホームランのたくさん打つように等と述べた。

原告供述のうち、以上の認定に反する部分はいずれも採用できない。

(3) しかし、本件取引の損益累計は、同年三月末には利益が約七六二万円に減り、同年四月末には約一八五五万円の損失とマイナスに転じ、同年五月末には四三六六万円の損失となった。

(4) 井原は、同年六月一日ころ、被告池田支店の店頭において、原告に対し、「顧客別問合わせ」と題する書面(同年四月二日から同年六月一日までの取引経過、同日ころ現在の預り証明細、建玉明細、乙第一三号証の5)を示して署名押印を求め、原告は、井原から求められるまま、右書面に同年五月三〇日付けで、内容に間違いがない旨記載し署名押印した。

なお、「顧客確認報告書(四月分)」と題する書面(乙第三四号証の3)には、原告に対し、同年五月一八日、被告池田支店の店頭で損益状況等を確認した旨記載があるが、右事実を認めるべき的確な証拠はなく、原告供述に照らし、右記載部分は採用できない。

(一〇) 本件取引の損益累計は、平成二年六月末日時点において、約一六四一万円の損失であった。

須賀田は、同月二九日ころ、井原が、原告から承諾を得ないまま、原告名義でかなり大きな取引を行なっていたことを見て、井原に対し、今後はこれを改め、事後承諾取引、短期損切り売買、信用取引における担保不足のままでの売買をそれぞれ禁止した。

また、須賀田は、営業課において事後承諾売買などが行われないように、自身が外回りの営業をやめて課内を監視することにし、被告池田支店の経理課長に対し、同日までの本件取引のうち株式の信用取引と現物取引のみについて売買損益状況を調査させたところ、その報告によると、同日時点において約七〇〇万円の損失との報告を受けた。

もっとも、須賀田は、原告に対し、井原の事後承諾売買に関する意思確認をせず、また、井原に対して事後承諾取引、短期損切り売買を禁止するよう指示したことなどは伝えなかった。

4  平成二年七月ころから平成三年二月ころ(本件取引の終了時)までの状況

(一) 原告と被告との間の信用取引回数は、平成二年七月一日以降、相当減少し、その状況は、第一表記載のとおりである。

井原は、原告に対し、同月七月以降、短期損切り売買を以前ほどには勧めなくなった。しかし、井原は、本件取引における銘柄・数量・価額についての選択、処分の時期等を従来とおり決めていたし、短期損切り売買等も相当数行った(第一表・番号一八五以下参照、第二表・二九六以下参照)。

また、原告は、井原から勧められて、同月一九日ころ三菱商事ワラント、同月二六日ころ住友金属ワラントをそれぞれ購入したが、この際も井原からワラントについても説明はなかった。

(二) 株式市況は、平成二年八月二日、イラクのクェート侵攻に伴い、急激に悪化したが、原告は強気の姿勢を崩さず、井原に対し、株は下がれば上がるものである、谷が深ければ山も高い、フセインはそう長くは続かないなどと述べていた。

しかし、本件取引の損益累計は、同年七月末には約四七六一万円の損失、同年八月末日には約七五六二万円の損失と急速に悪化した。

被告本店営業考査課は、被告池田支店に対し、同年七月二〇日、原告の同年六月分の信用取引について、売買の回転数、信用取引の短期損金決済回数、約定回数がいずれも多く、株式手数料の対株式営業資産率が高いことから、原告口座の取引に対する注意を促すとともに、原告に対し、取引意思を確認するよう求めた。

井原は、同年八月二〇日ころ、原告に対し、「顧客別問合せ」と題する書面(同年六月一日から同年八月八日までの顧客勘定等。乙第一三号証の5)を示して署名押印を求め、原告は、右書面に内容が間違いない旨記載し署名押印した。

(三) 株式市況は、平成二年九月に入って、さらに悪化し、本件取引の損益累計は同月末現在で約一億二〇八三万円の損失を計上した。

被告は、原告に対し、同月一四日現在の残高照合通知書を発送し、原告は、同月一八日付けで右通知書の内容に間違いない旨の回答を得た(乙第八号証)。

須賀田は、原告に対し、同月下旬、信用取引を決済するよう勧めたが、原告は、強気の姿勢を崩さず、これに応じなかった。

(四) 原告は、平成二年一〇月四日ころ、被告池田支店において本件取引における損失額を尋ね、原告の予想以上の損失が生じていたことに呆然とし、弱気になり、須賀田に対し、今後は信用取引も縮小気味で行う、須賀田の意見も参考にしたいなどと述べ、同月八日ころ、原告宅において、須賀田および井原に対し、取引の損失の一部を負担してほしい旨述べた。

原告は、同月九日ころ、被告から示された「顧客別問い合せ」(同月二日ないし九日の取引勘定、預り証券明細等)に間違いない旨記載のうえ、署名押印した。

なお、原告は、同月九日、日証金に対し六九〇〇万円を返済した。

(五) 井原は、平成二年一〇月一四日、原告の不満を和らげるために、原告を有馬温泉に招待し、原告は、同月以降須賀田から勧められた銘柄等も購入するようになったが、それ以前の取引に比べ、取引量は著しく減少した。

本件取引は、同年一〇月には決済されなかったが、同年一一月以降、取引を縮少する過程で、保有株や建玉の処分した結果、多額の実現損が生じ、損益累計は、同年一一月末・約一億六〇七九万円、同年一二月末・約一億九八九〇万円、平成三年一月末・約二億二五二六万円、同年二月末日・約二億二三五四万円のそれぞれ損失となり、平成三年二月にすべて終了した。

原告供述のうち、以上の認定に反する部分は、須賀田証言に照らし直ちに採用することはできない。

二  本件取引が過当取引か否かについて(争点1)

1  (一) およそ、証券取引(株式の現物取引、信用取引、ワラント取引、投資信託取引等)のような相場取引への投資は、投資者自身が自己の判断と責任のもとに行うべきものであり、それによって生じた損失は、本来、投資家自身が帰属すべきものである(自己責任の原則)。

しかし、株式、ワラント等の価格は、政治的、経済的、社会的な様々な要因及びこれらが相互に関連して複雑に変動するものであり、さらに、株式の信用取引は一種の先物取引であって建玉の処分時期、ワラントについては権利行使の時期をも判断しなければ的確な投資を行うことができず、これら証券取引を行うについて的確に投資判断するには、高度の知識、情報収集・分析能力等を必要とする。

一方、証券会社は、証券取引業務の専門家として必要な知識、経験、情報収集・分析能力を有する存在として、大蔵大臣の免許のもとに、証券取引業務を行っている者である。

そして、証券会社等と一般投資者との間には、証券取引に関する知識・経験、情報の収集能力、分析能力等において格段の質的・量的差異があり、一般の投資者は、専門家である証券会社から提供される情報や助言・指導に依拠して投資を行わざるを得ず、他方、証券会社は、一般の投資者を証券取引に誘致することによって利益を得ているという実情にある。

ところで、多数の投資行動をすれば、相場の変動などによって、多大な損失を被る危険性が大きいし、また、頻繁に投資行動をする場合は、価格変動による危険に頻繁に遭遇することになり、かつ、このような投資行動は、一般的には、投機性のある株式等に投資して売買差益等を取得することを目的としているから、損失を被る危険性は一層高くなるものと考えられる。

そして、一般の投資者のうち十分な知識、経験を有しない者は、同時に情報の収集・分析能力についても劣っているため、銘柄・価額・数量等について適切かつ冷静な判断ができず、損失を被る可能性は一層高いといわなければならず、しかも、そのような者が資金に余裕がない場合、多面的な投資行動を行うことによって投資に伴う危険を分散することもできず、右損失による痛手は極めて大きいものになる。

とりわけ、いわゆる優良株を長期保有することによって資産を維持しようとする者や、当該資金を日常の生活費に充てている者が、右資金を元手にして大量・頻繁に投資行動に及ぶことは、およそ適切な投資行動とはいえない。

一方、証券会社は、顧客が取引を行う度に委託手数料を取得するのであるから、顧客を大量・頻繁に投資活動に誘致することは、顧客の危険において証券会社が利益を得ることになるから、証券会社が、顧客の利益よりも自らの手数料収入の獲得という利益を優先させ、顧客を不適切に多量・頻繁な取引に誘致することは許されない。

証券取引法等は、証券会社に対し、その勧誘方法、業務の遂行方法に関して各種も制限を設け、投資者の保護と証券取引市場の健全・公正な機能の維持を図っている。すなわち、証券会社は顧客に対し誠実・公正に業務を遂行する義務を負い(誠実公正義務、証券取引法四九条の二)、証券会社及びその使用人による不当な勧誘行為や一任勘定取引等の禁止(適合性原則遵守義務、同法五〇条)顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘の禁止(同法五四条一項一号)ほか、いわゆる過当取引を禁止されている(同法一五七条、一六一条、過当取引制限省令一項、投資者本位通達一項(2)4(ロ)―過当取引の禁止等参照)。

したがって、証券会社及びその使用人は、信義則上、一般の投資者を顧客として証券取引に勧誘する場合、当該顧客の知識・経験・投資目的・資金力などに照らして、不適切に多量・頻繁な投資活動に勧誘してはならないという義務を負っている(いわゆる「過当取引の禁止」)というべきである。

そして、証券会社が過当取引の禁止の義務に違反して証券取引を行った場合には、当該顧客の知識・経験、投資目的、資産の状況等の具体的な属性と当該過当取引の対象である取引内容、その一般的な危険性の程度、経緯、証券会社側の事情によっては、私法上も違法として不法行為を構成するものというべきである。

(二)  そして、違法な過当取引とされる要件は、前記趣旨に照らせば、次のとおりと解するのが相当である。

①  取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的あるいは資金の量及び性格に照らして過当であること(過当性の要件―取引の大量性・頻回性、適合性)

②  証券会社等が一連の取引を主導していたこと(コントロール性の要件)

③  証券会社等が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件)。

当該取引が以上の要件を充足しているか否かは、一連の取引の全体を通じて判断するのが妥当であるが、顧客の投資知識・経験・投資意向、証券会社の担当者等による勧誘の方法及びその主観等が大きく変動した場合には、その時期を区分して、その前後の各期間について過当取引か否かを検討するのが妥当である。

もっとも、本件では、平成二年七月に入っても、相当数の信用取引がなされており、また、信用取引において同年六月二九日に買い建てた富士フィルム株式を同年七月二日に、同年六月二九日に買い建てたソニー株を同年七月六日に、同月二日に買い建てた蝶理株の建玉を同月五日、六日に、それぞれ損切りするなど多数の短期損切り売買が見られ(第一表参照)、株式の現物取引についても特に同年九月までは取引回数が多数回に及び、相当数の短期損切り売買も見られる(第二表参照)。ワラント(三菱商事ワラントや住友金属ワラント)の勧誘もなされている。そして、これらを通じて、株式等の銘柄の選択や数量、価格の決定については、井原の勧めにしたがってなされていた。

したがって、須賀田が井原に短期損切り売買等を禁止した同年二年六月末日ころの前後で、本件取引の態様に大きな変更があったとみることはできず、同日を境としてその前後を区分して、過当取引か否かを検討すべきであるとの被告の主張を採用することはできない。

2  過当性の要件について

(一) 大量性・頻回性について

本件取引は、平成元年七月から平成三年二月までの間(二〇か月間)に、売買金額が総合計三一三億八二一八万円余り、売買回数が七七六回(第一表、第二表)に及んでおり、株式銘柄・市場が一四三銘柄(二一業種以上。甲B第一三号証参照)・八種類の市場(東証一部・二部、大阪証券取引所一部、二部、新二部、名古屋証券取引所二部、外国株、店頭株。甲B第一一号証参照)に、証券取引の内容が、株式、投資信託、転換社債、ワラント証券などにわたっているもので、大量かつ頻繁に行われていることは明らかである。

そして、本件取引のうち、日計り商いが12.6パーセント、保有期間一〇日未満の取引が63.7パーセント、同三〇日未満の取引が85.1パーセントであり、資金回転率は年三〇回以上である(第九表参照)。

ところで、資金回転率は、投資家が情報を収集し、これを冷静に分析しているか否かを示す指標となるべきものであるが、米国判例法理においては一般に年六回を越えれば、当該取引が違法になるとされている(甲A第一ないし第九号証、第一三号証の2、第一八号証の1・2、第二〇号証)。

もとより、具体的な事案において、その程度の資金回転率によって過当性の要件を充足したと認められるかは、具備するかについては、投資家の経験・投資目的等具体的な事案によって異なるというべきであるが、いずれにせよ一般投資者について資金回転率が年三〇回以上に及ぶというのは、異常というほかなく、到底、投資者の冷静な投資判断に基づく投資行動とは認められない。

以上によれば、本件取引は、過当性の要件のうち大量性・頻回性の要件を充たしているというべきである。

(二) 適合性について

(1)  本件取引は前記のとおり、多数の市場において多数の銘柄につき、大量かつ多数回にわたってなされている。

このような売買は、株式等について相当の知識・経験、情報収集・分析能力を有する顧客について行われたのでなければ適合性がないというべきである。

また、本件取引においては、第一表及び第二表の各記載のとおり、同一銘柄の「売り」と「買い」を頻繁に繰り返しており、その際、利益が生じなかったことも多く、短期間での乗換え売買が頻繁に行われている(第一一表参照)。こうして、被告池田支店が本件取引によって取得した手数料等は一億六〇〇〇万円以上になり(第一〇表参照)、原告の投資額の実に五八パーセントに及び、差引損失額の約七四パーセントを占めている。

右のような取引方法は、証券会社に支払う手数料を増やすだけのものであって、投資者の冷静かつ自主的な判断に基づくものとは到底認められず、およそ、一般の投資者に適合しないものというべきである。

また、井原は、原告に対し、仕手株のうわさがある株式の購入を勧めているが、このような株式は、株価が乱高下する可能性があり、株式取引について相当程度の知識・経験がないと、不測の損害を被る危険性が高く、そのような知識・経験がない一般の投資者に対し、特段の説明もなしにその購入を勧誘すること自体、違法性を帯びるものというべきである。

(2) ところで、原告は、本件取引を開始するに当たり充分な資金を有していた。また、原告は、株式取引歴も三〇年以上あり、株式資産を二億円から三億円・四億円へ増加することを望むなど、積極的に資産増加を望んでいたものと認められる。

しかし、原告は、本件取引の開始前は、株価が比較的安定しているいわゆる優良株を長期にわたって保有し、資産の形成を図ってきたのであり、信用取引、ワラント取引については経験が全くなく、株式に関する情報収集についても、日本経済新聞を読んだり、短波放送を聞いたり、井原から当該銘柄の概況を簡単に聞く程度のものであったこと、本件取引においては、もっぱら井原が取引の対象となるべき銘柄・数量・価額・処分時期など決めていたこと、原告は、井原から、最初の信用取引において買い建てた株式をその日のうちに処分して利食いすることを勧められ、これにしたがって利益を取得したことから、信用取引の「極意」は、益は確実に中に入れ、損は早く得ってしまうことにある等と述べるに至っているが、本件取引は、大量・頻回になされ、手数料ばかりがかさむようなものであったことがそれぞれ認められる。

以上のような事情を総合してみると、原告は、もともと株式等についてそれほど高い情報収集・分析能力を有していたわけではなく、信用取引についても聞きかじりの知識はあったものの、正確な知識はなかったものと認められる。

したがって、本件取引は、原告の知識・経験、情報収集・分析能力に照らして適合していないことが認められる。

また、原告は資産を有し、資産を増加させたいとの希望を有していたが、投資方法について具体的、合理的な計画を有していたわけではない。一方、井原も原告の資産の増加について合理的な投資計画を策定し、これに基づいて取引を勧誘していたとは認められない。元来、原告は、主として優良株を購入して長期的に保有し、資産を維持形成してきたことをも考慮すると、本件取引は、原告の資産及び投資意向の点からも適合性があるとは言い難い。

したがって、本件取引は原告に適合したものということはできない。

3  コントロール性の要件について

原告は、前記のとおり、株式等に対する情報収集・分析能力は高くなく、本件取引の大半を占める大量かつ頻回の信用取引や、多種類の市場・銘柄の証券を対象とする短期損切り売買、短期乗換え等がみられる証券取引について、原告のような個人の投資者が自発的ないし自主的な投資判断で実行するのは到底不可能であったと認められる。

また、原告は、井原に銘柄・単価・数量・処分時期等の選定を委ね、井原が多数回にわたって原告の事前の承諾なしに原告の計算で証券取引をしたのに、その判断や取引方法について平成二年一〇月まで不平を述べたこともなかったこと、原告の短期損切判断は井原の指示ないし操作により導かれたものであること、原告は、証券取引による資産増加には執着していたものの、個々の取引について、具体的な投資判断を行っていたわけではないことを総合すると、本件取引は、井原が主導して行われたものであると認められ、コントロール性の要件を充たしているというべきである。

なお、原告が須賀田から信用取引の縮小を勧められたにもかかわらず、強気の姿勢を維持し、直ちに手仕舞うことはしなかったという事実はあるが、須賀田も、原告に対して本件取引の実情に基づいて具体的な理由を挙げて手仕舞を勧めたわけではないから、右事実によって、井原ないし被告による本件取引のコントロール性を否定することはできない。ただ、右事実は、過失相殺を検討する際に考慮されるべきものである。

4  悪意性の要件について

平成二年度の被告池田支店の委託手数料合計額約七億〇一四二万円のうち本件取引による委託手数料合計が約一億〇三二七万円を占めるなど(約14.7パーセント。第七表参照)、被告池田支店にとって、平成元年七月から平成三年二月までの間、原告からの手数料収入は極めて大きな収入であった。

また、井原の顧客は、ほとんど原告のみであり、原告は、井原の勧めに従って大量・頻繁な取引を行い、その間、短期損切り売買、短期乗換えなどが繰返されている。これらの事実すれば、井原は、原告の利益を犠牲にして、自己の業績を上げ、あるいは被告池田支店の収入を得る目的で原告を本件取引に誘致したと推認されるのであり、右推認を覆すに足りる事実はない。したがって、本件取引は、悪意性の要件を充たしているというべきである。

三  ワラント取引における違法性について(争点2)

1  ワラントとは、ワラント債(新株引受権付社債・商法三四一条の八以下)に表章される新株引受権(又はその権利を表章する証券)をいい、ワラントの発行時に、所定の権利行使期間内に、所定の権利価額に対応する金員をワラントないしワラント債の発行企業に払い込むことにより、予め決められた数の新株を取得できる権利である。

ワラントには、社債と新株引受権が分離できないもの(非分離型)と、それが分離可能なもの(分離型)があり、後者の場合、新株引受権のみが独自証券として流通に付される。

ワラントの価値は、理論的には権利行使価格と株価の差によって決定されるが、そこにいわゆるプレミアムが付加され、株式の値動きに関連して大きく値動きするなど価額の変動が激しいものであり、また、外貨建てのワラントは、為替ルートの変動によっても価額が変動し、他方、新株引受権が表章された証券(分離型)は、一定期間を経過すると無価値になるだけでなく、権利行使期間が近づくことによってワラント価格は減少するという、通常の株式等とは異なった危険性を内包するものであり、いわゆるハイリスクハイリターンの特質が顕著である。

また、その取引の特徴として、ワラント取引は、顧客と証券会社との間で直接行われる売買であって、現実には、ワラントを購入した顧客は、証券会社に買取ってもらう以外に方法はなく、その価格形成メカニズムも複雑かつ不透明な点が存する。

分離型ワラントは、昭和六〇年一一月一日、日本国内において発行が許容され、昭和六一年一月一日には、海外で発行された外貨建てワラント債の分離ワラントも国内流通が許容されるようになったもので、平成元年七月当時、金融商品としてはそれほど周知されていなかった(弁論の全趣旨)。

以上のようなワラントの特質及び、一般投資家と証券会社、証券外務員等との間には知識・経験、情報収集能力、分析能力等に格段の差異があることなどを考慮すると、ワラント取引を勧誘する証券会社、証券外務員等は、その顧客に対し、顧客の職業、投資目的、年齢、財産状態、投資経験に照らして、ワラント取引に明らかに適合しない顧客に対して取引を勧誘することを避けるべき義務を信義則上負っており(適合性原則遵守義務)、また、勧誘に際しては、ワラントの仕組み、権利行使価額・権利行使期間、価格の形成や変動の仕組み(外貨建てワラントの場合は、為替ルートによる変動もあることを含む。)、ワラントが一定期間を経過すると無価値になる危険性を有することなどを説明する義務(説明義務)を負っているというべきである。

なお、被告は、原告は本件取引において、井原に短期的に差益が獲得できる投機的な証券の銘柄の選定を委ねており、原告としても個々の商品の性格を知って投資するか否かを判断する意図はなく、また、その説明を求められていなかったことを理由に、ワラントの仕組みや危険性について説明する義務はなかった旨主張するが、このような説明義務は、一般の投資者をしてその自己責任を全うさせるために認められるものであって、顧客が説明を求めていないからといって証券会社がこれを免れることができるものではない。

2(一)  適合性原則違反の有無について

原告には相当額の資産を有しており、当面の生活資金等には事欠かない状態にあり、本件ワラント取引開始当時、長年の株式投資の経験があり、また、証券取引によって積極的に資産を増加させたいと望んでいたことなどに照らすと、本件において、原告がワラント取引に適合しない者であったとまでいうことはできず、原告の適合性遵守義務違反の主張は採用できない。

(二)  説明義務違反の有無について

しかし、原告は、それまで、ワラント取引の知識・経験が全くなかったうえ、本件取引において購入したワラントは、いずれも分離型のワラントであり、このうち少なくともオンワード樫山ワラントは外貨建てであること、当時ワラント取引について周知されていなかったことに照らすと、井原としては、原告に対し、少なくとも、ワラントの仕組みや権利行使期間の経過によって無価値となることを説明すべき義務があるというべきである。

ところが、井原は、本件取引中のワラント取引を原告に勧誘するに際して、右の説明を全く怠っていたのであるから、説明義務に違反することは明らかである。

三  被告の責任

井原は原告を違法に過当取引に誘致し、また、ワラント取引について説明義務に違反したから、井原の右行為は不法行為を構成するといわざるを得ない。

したがって、井原は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

井原は、被告の従業員であり、右不法行為は、被告の事業の執行についてなされたものであるから、被告は、原告に対し、同法七一五条に基づいて、その損害を賠償すべき義務を負っている。

四  損害等について

1  損害

本件取引により原告が被った損失額は、第五表・合計欄記載のとおり、二億二三五四万八九六一円であり、この金額をもって損害とすべきである。

もっとも、被告は、右損失のほとんどは、平成二年八月のクウェート侵攻による株価の暴落によるものであり、また、原告は須賀田の勧めに従わず信用取引による建玉を処分しなかったのであるから、第一三表及び第一四表記載の取引による各損失は過当取引による損失とみるべきでない旨主張する。

しかし、被告の主張する株価暴落の事実は、株価が各種要因によって変動するものであることの反映に他ならず、被告の主張は、要するに、過当取引が行われていても原告の取引に有利に株価が趨勢すれば損害を被ることがなかったであろうというに過ぎない。

本件取引については、同年八月以降も、松下通信や帝国通信の信用取引などにみられるように短期の売買が行われ、過当取引による不法行為が継続しているとみるべきであるし、また、同年六月末まで著しい過当取引をし、被告が多額の委託手数料を取得していたにもかかわらず、本件取引の損失累計が一六四一万円あまりにすぎなかったのは(第五表参照)、それまでの株価の上昇によるものであり、被告はその株価の上昇の利益を享受しながら、株価が下落した場合について責任を免れるとするのは公平を失するものであって、被告の右主張は採用できない。

もっとも、本件取引の損失累計が増加した要因の一つに、原告が、須賀田の勧めに従わず、信用取引による建玉を処分しなかったことが挙げられるが、これによって、過当取引と原告の損失との間が相当因果関係を失われるわけではない。

右事情は、過失相殺の際に斟酌すれば足りる。

2  過失相殺

原告は、資産を増加させることを望んで本件取引を開始し、井原に証券の銘柄・数量・価額等の選択を委ねるなど、自ら過当取引の原因の作出に大きく寄与しているといわざるを得ない。そして、本件取引の損失の多くは平成二年八月以降のものであり、原告としては、それまでに保有株や信用取引の建玉を処分して損害の拡大を防止することも全く不可能だったわけではない。

さらに、原告は、須賀田から、平成二年五月二八日に信用取引を縮小して現物取引に切替えるよう勧められ、また、遅くとも平成二年九月頃には、須賀田から信用取引による建玉の処分を勧められたのに、株価の変動に対する生半可な見通しによってこれに応じないまま損失を増大させたこと、ワラント取引においては、井原に対し何らの説明を求めていないことなどを考慮すると、本件取引による損害の発生については、原告自身にも相当の落ち度があるというべきである。

他方、本件取引における大量性・頻回性、短期損金決済が多い等の問題点については、その比較的早い段階である平成元年九月頃から、本店営業考査課が注目する程度に常軌を逸していたものであり、そのことは、被告池田支店宛に繰返し注意されていた。しかし、被告池田支店においては、原告から形式的に「顧客別問い合わせ」に署名押印を求めただけの対応に終始するだけであって、原告に対して、本件取引の危険性を周知させ、信用取引等を縮小させる等、問題の解消に努力していないことも、原告の損害拡大に寄与していると認められるから、原告の落ち度を余り過大に評価することは、かえって、原被告間の公平を欠くことになるというべきである。

そこで、以上の事情を総合して、本件においては、五割の過失相殺を行い、前記損害額から五割を減じた一億一一七七万四四八〇円(一円未満切捨て)をもって、原告が被告から賠償を受けるべき金額とするのが相当である。

3  弁護士費用

本件の事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用としては、金一二〇〇万円が相当である。

したがって、被告が原告に賠償すべき額は、一億二三七七万四四八〇円となる。

五  結語

よって、原告の本訴請求は、被告に対し、一億二三七七万四四八〇円および不法行為の後(本件取引の終期は平成三年二月二五日である。)である平成三年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限界でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林醇 裁判官亀井宏寿 裁判官桂木正樹は、転任のため、署名押印はできない。裁判長裁判官林醇)

別紙1〜14 <省略>

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